セキュリティ担当の「限界」を突破する。格付け制度対応で見直すべき、運用工数3割削減の「棚卸し」術
1. 制度開始で加速する「現場の窒息」
2025年4月、経済産業省による「サイバーセキュリティ格付け制度」が本格始動しました。経営層からは「うちは星いくつ取れるのか?」「★4は必須だ」といった威勢の良い声が飛んできます。
しかし、現場の情シス・セキュリティ担当者の心境はどうでしょうか。 「これ以上、何をしろと言うんだ……」 これが本音ではないでしょうか。
日々の誤検知対応、鳴り止まないアラート、形骸化したマニュアルの更新。既にリソースは限界です。そこへ「格付け対応」という巨大なタスクが積み上がれば、現場が窒息するのは時間の問題です。
多くの企業がセキュリティツールを導入しますが、現実は「宝の持ち腐れ」どころか、現場を疲弊させる要因になっているケースが少なくありません。私たちがCSIRT責任者や支援先で目にしてきたのは、まさに「現場の崩壊」でした。
例えば、高度な検知ツールが「深刻な脆弱性」のアラートを鳴らしても、システム保守体制が整っていないために、パッチ適用の計画すら立てられず放置される。あるいは、数千万円かけてSIEM(統合セキュリティ監視運用)を導入しても、ログを分析できるスキルが担当者に不足しているため、形骸化した定型ルールの監視に留まってしまう……。
「ツールさえ入れれば守れる」という幻想が、運用のキャパシティを超え、結果として最も危険な「検知しているのに動けない」という無防備な状態を生み出しているのです。
2. なぜ「格付け★4」を真面目に目指すと組織は弱くなるのか?
格付け★4(Standard)ともなれば、44もの項目をクリアし、さらに「第三者評価」をパスしなければなりません。
真面目な担当者ほど、この44項目を「すべて完璧に埋めよう」とします。しかし、ここに大きな罠があります。 運用リソースを無視して高機能なツールを導入し、分厚い規定を作成しても、それを回す「人」がいなければ、それは単なる「お飾り」です。
むしろ、管理しきれないツールや守られないルールが増えることは、攻撃者に「綻び」を教えるようなもの。「運用が回らない対策は、最大の脆弱性になる」。これが、多くのコンサルタントが語りたがらない不都合な真実です。
格付け制度や第三者評価において、規定(ルール)だけを整えても、実務経験者が一目見れば「運用できていない」ことはすぐに露呈します。プロの視点から見て、特にお手盛りになりやすいポイントは以下の通りです。
経営層の評価の不透明さ
セキュリティ対策を経営判断できているかの評価は、経営側の理解が乏しい場合、現場が忖度して甘い評価をつけざるを得ない構造に陥りがちです。
情報の「浸透速度」の欠如
脅威インテリジェンスの活動で攻撃の予兆をキャッチしても、組織の成熟度が低いと組織内でその危険性の理解が進まず、対策が手遅れになります。
シャドーIT化したSaaSサービス把握の難しさ
★4では重要情報・重要システムに対するセキュリティ管理を100%実行を求められますが、現場の判断で導入したSaaSサービスの把握は聞き取りでは不十分で、CASBなどのツール活用を前提にした対策導入が必要です。
理想と現実の乖離(バックアップ・ログ管理)
「全システムの復元リハーサル」や「ファイアウォールやプロキシサーバーなどの膨大な通信ログの6ヶ月保管」など、理想を掲げすぎると業務量とコストが爆発します。また、全てのパソコン、サーバにおいて、ソフトウェアファイアウォールを有効にする施策も、ネットワーク管理に加えてゼロトラストと同等対策を検討する必要が発生し、現場には多大な作業負荷による混乱が危惧されます。
これらは、実態を無視した「計画」が、逆にリスクを高めている典型例です。

[出典] 経済産業省|サプライチェーン強化に向けたセキュリティ対策評価制度に関する制度構築方針(案)2025年12月26日
3. セキュビット流「セキュリティ・ダイエット」3ステップ
私たちが提唱するのは、対策を積み上げるのではなく、徹底的に削ぎ落とす「棚卸し」です。運用工数を3割削減しつつ、防御力を高める3つのステップを紹介します。
Step 1:「効果×運用負荷」で仕分けする
優先順位を「リスクの大きさ」だけで決めるのはやめましょう。
- 防御効果が高く、運用負荷が低い対策: 即座に実行
- 防御効果が高いが、運用負荷が過剰な対策: 今は捨てる、または外注する
Step 2:地味な「内部対策」への集中投下
最新のAIツールを検討する前に、やるべきことがあります。
- VPN機器の不必要なIDの削除
- 退職者アカウントの即時停止
これらは運用負荷が低く、かつ攻撃者にとっての「裏口」を塞ぐ、格付け制度においても極めて実効性の高い対策です。
Step 3:証跡を「ついで」に残す仕組み
格付けの評価(★3・★4)で重要なのは、対策をやっている「証拠」です。監査のために資料を作るのではなく、日々の業務の延長線上で、自然とログや履歴が残る「楽な運用」を設計しましょう。
運用の限界を突破するために必要なのは、足し算ではなく「引き算」の思考です。過去の支援現場で、私たちが「これは無駄だからやめましょう」と助言し、担当者が劇的に楽になった具体例をご紹介します。
まず着手すべきは、「身の丈に合わない高額ツールの見直し」です。多機能すぎて使いこなせない高価なツールから、自社のリソースで確実に運用できる最適なツールへ切り替えるだけで、コストと心理的負担は大幅に軽減されます。
次に、「内製化へのこだわりを捨てる」ことです。例えば、社内教育コンテンツの作成や標的型メール訓練の文面作成などは、自社でゼロから作る必要はありません。外部プラットフォームを賢く活用することで、担当者は「コンテンツ作り」という作業から解放され、より本質的な「リスク判断」に時間を割けるようになります。
「すべてを完璧にやる」ことを諦め、本当に守るべき箇所にリソースを集中させる。この「棚卸し」こそが、セキュリティ担当者の限界を突破する唯一の道なのです。
4. 評論家はいらない、共に汗をかく「当事者」を
セキュリティ対策は、格付けの星を取って終わりのイベントではありません。会社が存続する限り続く「生活習慣」です。
私たちセキュビットのメンバーは、全員が大手事業会社で「現場の孤独」と戦ってきた元・担当者です。だからこそ、教科書的な正論で現場を追い詰めるようなことはしません。
貴社のリソースに合わせた「身の丈の対策」を、現場に定着するまで隣で泥臭く支援します。
もし今、格付け対応で「限界」を感じているなら、一度その荷物を下ろして、私たちと一緒に「本当に必要なもの」を選び直しませんか?
この記事を書いた人

増村 洋二(Yoji Masumura)
株式会社セキュビット 代表取締役。サイバー犯罪対策からITガバナンスまで、20年以上にわたり情報セキュリティの最前線に従事。楽天グループのサイバー犯罪対策室長やCCCのセキュリティ統括部長などを経て現職。実務者目線と経営的視座を兼ね備えたコンサルティングを展開。